ビデ倫誕生まで

☆ビデ倫が業界に与えた影響☆
昭和47年、日本ビデオ倫理教会(通称「ビデ倫」)の前身となる「成人ビデオ自主規制懇談会」が発足される。
複数のビデオソフト制作会社が、お互いの他社の作品を審査し合う、文字通りのビデオ映像自主規制機関としてのスタートさせた。
当時はビデオデッキがようやく一般家庭に普及しはじめ、劇場映画などが家庭で容易に鑑賞されるようになった頃である。
まだまだスクリーン市場が圧倒的なシェアを占めていたが、ハードの開発が急激に進められ、やがてビデオに逆転される時代になるまでは、そうかからなかった。
ビデオ映像の中には「青少年に悪影響を与える」とされるものも当然あり、そうした映像が一般家庭でできるようになると、完成作品をそのままの状態で鑑賞してもらうわけにはいかなくなってしまう。
ビデオ映像に対しても規制が追求されるようになったのだ。
映画の場合は映画倫理委員会という機関が設けられていて、ここの審査をパスした映画をビデオ化しても問題は無いはずなのだが、ビデオ化された作品に勝手に映倫マークを使用することに対して、映倫が難色を示したのである。
つまり、ビデオ作品用として新規に審査し直す必要がでてきたのである。
もっと、急を要する問題は警察の摘発だった。
昭和45年に投影ビデオが、そして翌年の昭和47年1月には日活制作の映画とビデオの両方が摘発されてしまったのである。
そこで「東映ビデオ」と「日活」と「ジャパンビコッテ」という発足して間もないビデオソフトメーカーの3者で合同の審査会を作ることになったのである。
 


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2011/11/24
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